ぐるたみん
序章
ゴーという轟音が鳴り響く。ふと目が覚めるといつもの天井があった。父が日曜日の定例行事である庭の芝刈りをしていた。
思えば父はルーティンが大好きで、日曜日のお昼は焼きそばを食べて、食べ終えるといつものようにピアノに向かい、いつものようにあの曲を弾いて、同じ箇所を間違える。
そんないつもの朝に珍しく友人からメールが届く。
内容はこうだ。
「歌ってみたって知ってる?」
これがぐるたみんの始まりだった。
第一章
その頃のぐるたみんになる前の、言ってみたら小麦グルテン的存在だった俺は、少しだけ音楽作家としての活動していた。
今朝メールをくれた彼はそんな活動を知っていてか、こういう風に話を切り出した。
「ニコニコ動画に歌ってみたってカテゴリーがあって、それを投稿したいんだけど…」
ニコニコ動画には、ボーカロイドというシンセサイザーボーカル音源を使って楽曲を制作する投稿者がいて、そのボーカロイド楽曲を歌う“歌い手”という投稿者がいる事を知る。
少しの時間その動画達を徘徊し何も考えずに見耽っていた。
なるほど面白い。同じ楽曲を違う人が歌い、違いを面白いと感じる世界だと感じた。
彼は言う
「俺も歌いたい!」
そうか、彼は録音と編集を俺にお願いしてきたわけか。
面倒くさいと思いつつ、ちょっと前におごってもらったガストのドリンクバーを思い出したので、「いつ録る?歌詞覚えといてね?」と返事した。
いよいよ楽曲を録音する日が来た。
録音環境は我が家にしかなく、彼を招く他なかった。
「買ってきたよ!」と彼は言い、少し丸みを帯びたコンビニ袋を俺に手渡した。
ジュースやお菓子をほお張りながら意気揚々とマイクに向かう彼とその横でディレクションする小麦グルテン。
異様な光景と思いつつも、収録は進む。
良い曲というのはメロディーが頭に残りやすいものだ。
何度かボーカル録音のディレクションをしたことがあるが、なかなか良い曲だと改めて思った。
人の歌を聴いていると自分も歌いたくなるもので、カラオケに行くと、「俺は歌わないよ!」なんて言いながら最後はマイクを離さなかったりするものだ。
笑を交えながら録音をしていると、彼はジュースを飲み過ぎたのか、
「トイレ!」と言い、少し駆け足で部屋を出て行った。
待っている時間が暇だったのもあり、自分もちょっと録音しようと少しだけマイクに向かってみる。
歌詞は知らないので、スキャットだった。
彼が何度かトイレに行くたびにスキャットで歌う暇つぶしをしていた。
いつしか収録が終わる。
「じゃあ、編集出来るの待ってるよ!」
時が経ち、出来上がった音源をメールで送った。
「動画になってないよ!?」
まさか動画もやらされるなんて思っていなかった。
「ぐるたみん」の初投稿はmix&encという編集作業の冠だった。
第二章
動画をあげた直後、彼からメールがよく届くようになった。
「上手い!!だって!!」
「いい声!って書いてある!!」
動画にコメントが付くたびに報告のメールが来る。
うざったいなって思いつつも悪い気はしない。同時に羨ましいな、なんて思えてきた。
そういえば俺も途中まで録った事を思い出した。
最後のサビだけ録ってしまえば動画を投稿できるなと思い、最後だけ録音することにした。
歌詞をちゃんと見たのはこの時が初めてだった。
最後くらいはちゃんと録音しよう。
ハモは…まあスキャットだし、イエー!!だけ多重録音してごまかしておこう。
これがのちに900万再生越えという怪物動画を作り出すきっかけとなった。
「俺も動画上げたよ!!」
「はwwwwうるおぼえじゃなくて、うろおぼえなwwwwwwww」
「・・・え?」
天然という名の軌跡は伝説になった。
「わ!わざとだし!!(小声)」
第三章
初めてあげた動画は話題を呼ぶ事は無かったが、やはり、コメントが付くたびに喜びを感じた。
今までの自分の人生において評価をもらえる事なんてなかったただの少年に、初めてと言っていいほどの感動がそこにあった。
「うるおぼえシリーズ化して下さい!!」
この言葉が鮮烈に嬉しかったのを覚えている。
他人から求められたのは初めてだった。
もう一度やろう!と心に決めた。
翌年、うるおぼえシリーズとして、2作を投稿する。
前回見てくれた人は、求めてくれた人は見てくれたのだろうか?
勝手にこっちがやり始めた事だが、答え合わせの出来ないテストに自分の意見を書き込んだ気分だった。
そんな中、書きつけられた問がこうだ、
「ちゃんと歌ってください!」
4作目はちゃんと歌った。奇跡的にツイッターで少し話題になった。
ニコニコミュニティが出来た。赤の他人が作った物だった。
最初の名前は「非公認!ぐるたみんファンコミュニティ」みたいな名前だった。
自分から名乗るのは勇気がいるのは当然だが、それ以上に、自分に興味を持つ人間に興味があった。
今まで誰かのために生きた事は無かった俺の存在意義がそこにあると思った。
生放送をするのは、そこからさほど遅くなかった。
当時のネットの世界は、顔も出さずに本名なんてもってのほか。晒される対象でしかなかった。
住所年齢職業、全ての事が隠された存在が歌い手だった。
ただ、誕生日が8月24日である事だけは喋った。
次の誕生日の生放送でいくつになったのかを聞かれた。
「100」「100歳」
というコメントが並び、年齢が決まった。投稿した年は99歳になった。
時はさかのぼり、
初めてのちゃんと歌ってみたが話題になった事もあり、投稿頻度が上がった。
純粋に楽しかった。嬉しかった。
うるおぼえシリーズがまた求められてると感じたので、ちゃんと歌いつつうるおぼえシリーズもあげていた。
そして、ぐるたみんが知られた日が来た。
毎日10万再生される動画の誕生だった。
【うるおぼえで歌ってみた】only my railgun【ぐるたみん】
900万再生
ニコニコ動画歌ってみたカテゴリーランキング総合3位
こんな俺でもみんなが喜ぶ動画が作れたことが何よりも嬉しかった。
第四章
ありがたい事に、怪物動画を出せた半面その時から重圧と闘う事にもなる。
シンデレラストーリーというやつだった。
そこからは、ぐるたみんというシンデレラを24時まで輝かせなければならない。
1stカヴァーアルバム「ぐ~そんなふいんきで歌ってみた~」発売
オリコンランキング5位
10万枚以上の売上を記録し、ゴールドディスクを獲得する大ヒット
アルバムタイトルの冠に「EXIT TUNES PRESENTS」を付けたのは、こんな俺を拾ってくれた当時の社長やスタッフへの感謝の気持ちだ。
「EXIT TUNES ACADEMY -EXIT TUNES 10th ANNIVERSARY SPECIAL-」
埼玉スーパーアリーナでの大型ライブ
17000人の観客の中でライブの大トリを務めた
ついこの間まで人前で歌を歌ったことない人間が、デカすぎるステージに立つ重圧は言葉にするのは難しい。
当時は歌う事に必死だったけれど、そこはまるで宝石箱の中にいるような煌びやかな空間だった事を鮮明に覚えている。
2ndカヴァーアルバム「る~そんなふいんきで歌ってみた」発売
オリコンランキング5位
3rdカヴァーアルバム「た~そんなふいんきで歌ってみた」発売
オリコンランキング6位
ソロライブツアー「LIVE-G TOUR 2014」開催
全国5大都市のZeppのライブハウスをまわり、1万人以上を動員
気が付いたらぐるたみんは独り歩きしていて「最強」と言われていた。
自分でも口に出して自分自身を奮い立たせていたけれど、とにかく無我夢中で走り続けた。
そして、シンデレラは24時を迎えた気がした。
当時一緒に走って、一緒に頑張ってきた仲間が次々といなくなった。
シンデレラで言うところの主人公が苦難にあたる場面にある。
魔法使いはずっと魔法を使ってくれるわけではない。
人生とはそうでなくては面白くない。
ぐるたみんも次のステップに歩むべきと感じていた。
次の階段に上るまでの修行期間が始まった。
第五章
思えばシンデレラはすぐに王子に会いたいとは願っていなかった。
こんなみすぼらしい私。本当の私なんて好きになってくれない。
けれど、シンデレラは王子に会いたかった。
だから自分を磨いてその日を待った。
ぐるたみんも、いったん気持ちを整理して自分を磨く時間が欲しいと願った。
王子様が来るまでに、より魅力的な女性になったシンデレラのように。
そこへ一本の電話がある。UNIVERSAL MUSIC JAPANへの誘いだった。
ここでたくさんの素晴らしい人たちに出会い、たくさんの事を学ぶことになった。
それは音楽だけではなく、人としての成長でもある。
たくさんの新しい事に挑戦し、たくさんの感性を磨いた。
対バンを精力的にこなし、学園祭に出て、アパレルも始めた。
1stオリジナルシングル「GIANT KILLING」発売
初めて姿を出したPVは話題になった。
1stオリジナルアルバム「GRACE」発売
自身の作詞作曲楽曲しか入っていないアルバムを、UNIVERSAL MUSIC JAPANから出せた事がとにかくの喜びだった。
「恋帯責任のMVを作りたい」
クラウドファンディング達成率791%
感謝としか言いようがない。
あまりにも大きすぎる反響に待っている人が多い事を改めて感じた。
2ndオリジナルシングル「WAKE UP」発売
ミニシングル「英雄は今夜僕たちが作る。」発売
フロアを躍らせ沸かせる楽曲も作れるようになった。
踊り跳ね混ぜるためのパフォーマンスをも身につけた。
本当の意味での最強に今まさに成る。
王宮の間でダンスを踊っていたシンデレラは、今ガラスの靴を履こうとしている。
第六章
ここからはぐるたみんの歴史の空白のページ。
さあ、あなたはぐるたみんの歴史の生き証人になれるのか。